くらしきコンサート

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2006/08/03

Dutch Light ~“オランダの光”が育んだハーモニーの感性~ (公演チラシより)

2003年のオランダ映画『DUTCH LIGHT(オランダの光)』(製作・監督:ピーター‐リム・デ・クローン)は、「光」を追い求めた秀作ドキュメンタリーである。フェルメール、レンブラントといった17世紀オランダ絵画の、あの独特の陰影をもつ「光」はどこから来たのか。19世紀の作家や芸術関係者の間で取り沙汰され、半ば伝説のように広まった“オランダの光”を巡って、この国の不思議な「光」の正体が浮き彫りにされる。

オランダといえば風車やチューリップを連想するが、光の謎を解くキーワードは「水」だった。国土の4分の1が海抜ゼロメートルのオランダは、北東部に広がるザイデル海を含めて“水の国”ともいわれる。海、湖、運河・・・それらが巨大な水鏡となって光を反射し、その反射光が、雨の多いオランダの曇りがちな空にぶつかって湿った大気に散乱している、という説である。空が澄んでいるので、その光はやわらかく空間を輝かせ、影まで深くリアルな色彩として見ることができる。オランダの天気は〈1日に四季が訪れる〉といわれるほど変わりやすい。流れる雲や空の色も変化し続ける。多湿で透明な大気と反射光のおかげで、人々は光や色彩に対する独自の感性を手に入れた。それは同じヨーロッパでもイタリアや南仏のような、明暗のコントラストの強い、色彩が目を射る眩しい光の風土とはまったく異なる感受性なのである。

“オランダの光”がもたらした陰影は、音楽の感じ方にも影響を与えたに違いない。この地方の湿気が音の輪郭をやわらげ、響きを穏やかにするのはもちろん、刻々と光が移ろい印象が揺れ動く風景の中では、明快な表現の音楽より、どちらかというと内省的なもののほうがしっくりくるだろう。空や草木が無数の色彩で輝くような、艶やかで豊かなグラデーションをもった、深い音色が似合う気がする。今回、オランダを代表する名門、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の録音を改めて聴いて、ますますその思いを強くした。フェルメールの絵に満ちているあの静かな光と同じ、この国ならではの神秘的なハーモニーの感性を、オランダの音楽家や聴衆はごく自然に、遺伝子のように受け継いでいるのかもしれない。

ビロードの弦、黄金の金管――昔からコンセルトヘボウ管の伝統の響きを称えてきた言葉が、偶然にも古いオランダ名画のように心地よい輝きを感じさせるおもしろさ。しかも近年首席に就任したカリスマ指揮者、マリス・ヤンソンスは、まるでプリズムのごとくオーケストラの光彩を千変万化させ、その“反射光”で世界を震撼させている。前回ヤンソンス就任後初の日本公演(2004年)では、同時期来日のウィーン・フィル、ベルリン・フィルを押さえて、専門誌の年間コンサート・ランキングで1位を獲得した絶好調のコンビだ。その音楽の底に息づく“Dutch Light”の魅惑の輝きを、今回はじっくり聴き取ってみてはいかがだろう。

第78回くらしきコンサート
公演チラシ

マリス・ヤンソンス
写真:Marco Borggreve

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
写真:Simon van Boxtel