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2005/05/14

ヴィンチェンツォ・ラ・スコーラ 歌は心のリゾート (公演チラシより)

シチリア島、ときいて最初に思い浮かぶのは何だろう。地中海、イタリアの有名リゾート・・・あるいは映画「ゴッドファーザー」の舞台。もちろん今どきシチリアをマフィアのイメージで語るのはナンセンスだし、映画というなら「ニューシネマパラダイス」「グランブルー」もここでロケをおこなっているから、素朴な村人や紺碧の海を連想させる人もいるだろう。スローフードの暮らしを支える豊かな海の幸、大地の恵みもグルメにはたまらない。一方、この島の重要な見所として、3千年にわたる重層的な文化遺産がある。ギリシャ・ローマ時代の古代遺跡、中世ビザンチンやイスラム文化の壮麗な建築・美術など、ここは本当にイタリアかと思うほどエキゾチックな歴史の断面が島のあちこちで見られる。地中海の十字路と呼ばれ、アフリカ大陸にも近いシチリア島は、実際のところ古来さまざまな勢力による争奪の対象だった。そのような外来の異文化を吸収し、うまく共存させてきたおかげで今日の繁栄があるのである。
だからシチリア人は、訪れる人に寛大なのかもしれない。古代から続いた多民族の混血によって、イタリアなのに稀に金髪の子が生まれるような土地では、物事はあるがまま、おおらかに受けとめられている。あまり都会化されていないだけ人々は純情で親切だ。人をもてなし、楽しませようとするパワーが、日本の四国より少し大きいこの島を世界ブランドにまで押し上げた。そして現代に、オペラのスター歌手を生む。

シチリア出身のテナー、ヴィンチェンツォ・ラ・スコーラは、2000年にイタリアのオペラ雑誌「L´Opera」より“ベスト・テノール2000”のタイトルを与えられ、オペラの本場でも絶大な支持を集めている歌手である。ルチアーノ・パヴァロッティを世に送った名教師のもとで勉強し、やがてスカラ座にデビュー。指揮者リッカルド・ムーティに認められた彼が、スカラ座来日公演『椿姫』のアルフレード役で注目されたのは1995年のことだった。その後〈日本におけるイタリア2001年〉のハイライト、「プッチーニ・フェスティバル」日本公演の『蝶々夫人』でピンカートンを歌ったステージは、今年「愛知万博」と東京で再演が決まっている。2002年は『トスカ』のカヴァラドッシで新国立劇場に初登場、続く2003年には『ノルマ』のポリオーネを再び同劇場で歌い、ブラボーの嵐を呼んだ(この舞台はハイビジョン収録され、DVDがリリースされている)。2004年の来日ではチョン・ミョンフン指揮で『カルメン』のドン・ホセを歌うなど、日本のオペラ・ファンの間でも近年その名が定着してきたところだ。すでに欧米では大変な人気者で主要歌劇場から招聘が絶えない忙しさだが、陽気な性格のラ・スコーラは、どこへ行っても心から仕事を楽しんでいる。自身の原稿で日本の音楽雑誌に連載されたオペラのずっこけエピソードも、そんな彼のユーモアがよく伝わってくる楽しいエッセイだった。
シチリアの太陽が育んだ健康的な明るさと寛容、あの島の複雑な文化に象徴される多様性の中の調和--それは彼の歌の輝きそのものといっていい。軽妙なカンツォーネからオペラ・アリア、イタリア歌曲まで、伸びのある歌声が自在にドラマを描き出す。過去の来日リサイタルでも、1曲ごとに熱烈な拍手とブラボーが飛んだ。行儀にうるさい日本の聴衆をそこまで興奮させたのは、イタリア人が乗せ上手だからか。いや、日本人だって情熱的に喜びを表現することはできるのだ、本当に感動できるステージならば。

今回のパートナーは、今年ラ・スコーラ再登場の『蝶々夫人』を振る名手ニコラ・ルイゾッティ。今ヨーロッパの名門歌劇場を破竹の勢いで席巻している人気オペラ指揮者が、得意のピアノでリサイタル出演する。しかも、この度ラ・スコーラの来日ソロは“倉敷だけの特別公演”ということで、2人の競演はちょっとした話題になっている。
高温多湿になりすぎた日本の夏を、地中海の爽快な潮風で暑気払いしてくれるような歌のひととき。ゆったりと“心のリゾート”を楽しんでいただきたい。

ヴィンチェンツォ・ラ・スコーラ(テノール)

ニコラ・ルイゾッティ(ピアノ)