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大原美術館ギャラリーコンサートの使用ピアノ
BECHSTEIN(ベヒシュタイン)について

大原美術館は、開館20周年を迎えた1950年、その記念行事として、パリ音楽院で数々の名ピアニストを育てたラザール・レヴィ教授を招き、初めて展示室でピアノ・リサイタルをおこないました。この演奏会のために購入されたのが、スタインウェイ、ベーゼンドルファーと並んで世界3大ピアノメーカーに数えられる、ドイツの「ベヒシュタイン」のピアノ(1901年製)です。
周年行事の単発的な催しだった音楽会が「ギャラリーコンサート」として年数回開催されるようになると、世界的にも希少な“オールド・ベヒシュタイン”の響きは、出演したピアニストを次々に魅了。1980年代にはスヴャトスラフ・リヒテル(第5回)、90年代にはシューラ・チェルカスキー(第39回)といった往年の巨匠をはじめ、国内外の多くの名手たちがこのピアノと出会い、忘れがたい名演を重ねてきました。

伝統的なベヒシュタイン・サウンド、その特徴のひとつが、音色の透明感です。
19世紀以降、ピアノの音域は拡大し、大きなホールでの演奏に対応するため各ピアノメーカーが音量を追求していく中、ベヒシュタインは、複数の音が重なっても響きが濁らないよう、音色の透明感を保つことにも力を注ぎました。
改良の過程でベヒシュタインのピアノを大きく変貌させたのが、稀代のピアニストだった音楽家、リストのための楽器製作です。リストのピアノ曲には、多くの音が一度に打鍵される作品が少なくありません。演奏では一音一音すべてがきれいに、しかも強弱によって立体感をもって聴こえることが必要でした。音量が大きく長く持続されるピアノでは、たくさんの音が混ざると区別しにくくなり、音を伸ばしたり抑制したりするペダルでのコントロールにも限界が出てきます。奏者のタッチに瞬時に反応するベヒシュタインは、音の減衰を比較的速くすることで、混じり合いながら消えていく音色を奏者が立体的に調整し、響きに独自のニュアンスを与えることを可能にしたといわれています。これが“音の色彩感”を生むことにつながり、その特質に注目したドビュッシーは「ピアノ音楽はベヒシュタインだけのために書かれるべきだ」と称賛の言葉を残しました。
実際、音楽の印象派といわれるドビュッシーの作品はベヒシュタインと相性が良く、大原美術館のベヒシュタインで、まさにそのドビュッシーを名画の中で弾きたいと希望して、改めて再演を果たしたピアニストもいたほどです(アレクサンドル・メルニコフ 第139回)。
また、ピアニストの内田光子さんは、1995年に初めて倉敷で公演(倉敷市民会館)をおこなった際、大原美術館を訪問され、ベヒシュタインを試し弾きして、こうつぶやきました。「音が消えていくときの美しさを表現できる楽器に、久しぶりに出会えた」と。

音色の透明感によって音楽を立体的に描くことができるベヒシュタインの魅力は、昔も今もピアニストたちの創造性を刺激し続けています。
大原美術館においても、ベヒシュタインの優美な響きが四方の名画と対話し、聴衆の息づかいが伝わる空間で繊細に鳴りわたるとき、私たちは、この会場ならではの濃密な音楽体験を味わうことができるのです。